「ドッグフードの原材料にBHA・BHTと書いてあるけど、これって大丈夫なの?」「発がん性があるって聞いたことがあるけど本当?」そんな不安を感じている飼い主さんは少なくないでしょう。
結論からお伝えすると、BHA・BHTはペットフード安全法で定められた基準値内であれば、安全性が確認されている酸化防止剤です。ただし、IARCによる発がん性分類の存在や消費者の意識の高まりを受けて、天然由来の酸化防止剤を使用する製品も年々増えています。
この記事では、BHA・BHTの科学的な安全性データ、日本の規制値、天然酸化防止剤との違いまで、ファクトベースで解説します。過度に不安を煽ることなく、正確な情報をもとに愛犬のフード選びに役立てていただければ幸いです。
酸化防止剤とは何か - なぜドッグフードに必要なのか
脂質の酸化がフードの品質を劣化させる
ドッグフードには、犬のエネルギー源として欠かせない脂質(油脂)が含まれています。鶏脂、魚油、亜麻仁油など、さまざまな油脂がフードの嗜好性や栄養価を高めるために配合されています。
しかし、脂質は空気中の酸素と反応して酸化しやすい成分です。酸化が進むと以下のような問題が生じます。
- 過酸化脂質の生成:酸化した脂質は過酸化脂質に変化し、犬が摂取すると消化器系のトラブル(嘔吐・下痢)や、長期的には細胞膜の損傷・臓器への悪影響が懸念されます[4]
- 風味・嗜好性の低下:酸化した油脂は不快な臭いを発し、犬がフードを食べなくなる原因になります
- 栄養価の損失:ビタミンA、ビタミンE、脂肪酸などの栄養素が酸化により分解され、栄養価が著しく低下します
酸化防止剤の役割
酸化防止剤(抗酸化剤)は、フード中の脂質が酸素と反応して酸化するのを防ぐために添加される成分です。化学的には、酸化防止剤自身が先に酸化されることで、脂質の酸化連鎖反応を遮断する働きがあります。
酸化防止剤は大きく分けて合成酸化防止剤と天然酸化防止剤の2種類があります。
| 分類 | 代表例 | 特徴 |
|---|---|---|
| 合成酸化防止剤 | BHA、BHT、エトキシキン | 抗酸化力が強く、長期保存が可能。安価。 |
| 天然酸化防止剤 | ミックストコフェロール、ローズマリー抽出物、ビタミンC | 安全性への懸念が少ないが、抗酸化力は合成品より弱い傾向。 |
いずれの酸化防止剤にもメリット・デメリットがあり、一概に「合成=悪、天然=善」とは言い切れません。それぞれの特性を理解した上で判断することが重要です。原材料の読み方全般についてはドッグフードの原材料ガイドも参考にしてください。
BHA(ブチルヒドロキシアニソール)とは
BHAの基本情報
BHA(Butylated Hydroxyanisole / ブチルヒドロキシアニソール)は、1947年に食品用の酸化防止剤として開発された合成化合物です。化学式はC11H16O2で、白色からわずかに黄色い蝋状の固体です。
油脂に溶けやすく、熱にも比較的安定しているため、加工食品やドッグフードの製造工程で広く使用されてきました。人間の食品(バター、マーガリン、インスタント食品など)にも使用が認められている成分です。
IARCの発がん性分類:Group 2B
BHAが注目される最大の理由は、IARC(国際がん研究機関)がBHAをGroup 2B(ヒトに対する発がん性が疑われる)に分類したことです[1]。
この分類の背景には、主にラットを用いた高用量投与実験があります。ラットの前胃(人間や犬にはない器官)において、BHAの高用量投与で腫瘍の発生が確認されました。
IARCの発がん性分類とは
- Group 1:ヒトに対して発がん性がある(例:アスベスト、タバコ)
- Group 2A:ヒトに対しておそらく発がん性がある
- Group 2B:ヒトに対して発がん性の可能性がある(BHAはここ)
- Group 3:発がん性について分類できない
Group 2Bは「可能性がある」レベルであり、「発がん性がある」とする確定的な証拠ではありません。同じGroup 2Bにはコーヒー(カフェイン酸)や漬物なども含まれています。
犬に対する影響は?
重要なポイントとして、犬にはラットの前胃に相当する器官がないことが挙げられます。IARCの評価で問題となったのは主にラットの前胃における腫瘍であり、犬を対象とした長期的な発がん性試験のデータは限定的です。
EFSA(欧州食品安全機関)は2011年の再評価において、BHAのADI(一日摂取許容量)を体重1kgあたり1.0mg/日と設定しています[3]。ペットフードに使用される量は、このADIを十分に下回る水準に管理されています。
つまり、「BHAに発がん性の懸念がゼロ」とは言えないものの、規制値内の使用量で犬に実害が出るという科学的根拠は現時点では確認されていないというのが正確な表現です。
BHT(ジブチルヒドロキシトルエン)とは
BHTの基本情報
BHT(Butylated Hydroxytoluene / ジブチルヒドロキシトルエン)は、BHAと同様に広く使用されている合成酸化防止剤です。化学式はC15H24Oで、白い結晶性の粉末です。
BHAと類似した化学構造を持ちますが、いくつかの違いがあります。BHTはBHAよりも揮発性が高く、高温での酸化防止効果はやや劣るものの、室温での脂質酸化防止に優れています。食品、化粧品、ゴム製品など幅広い分野で使用されています。
BHAとBHTの主な違い
| 項目 | BHA | BHT |
|---|---|---|
| 化学名 | ブチルヒドロキシアニソール | ジブチルヒドロキシトルエン |
| IARC発がん性分類 | Group 2B(発がん性の可能性) | Group 3(分類できない) |
| 耐熱性 | 比較的高い | BHAより低い(揮発性あり) |
| 抗酸化力 | 強い | 強い(BHAとほぼ同等) |
| ペットフード安全法の基準値 | 150ppm以下 | 150ppm以下 |
| 人間の食品への使用 | 認可されている | 認可されている |
BHTの安全性データ
BHTは、IARCの分類ではGroup 3(ヒトに対する発がん性について分類できない)とされており、BHAよりも発がん性リスクの評価は低くなっています[1]。
しかし、一部の動物実験において、高用量のBHT投与で肝臓への影響(肝臓肥大など)が報告されています。EFSAは、BHTのADI(一日摂取許容量)を体重1kgあたり0.25mg/日と設定しています[3]。BHAのADI(1.0mg/kg/日)と比較すると、BHTのほうがADIは低く設定されています。
なお、BHAとBHTは併用されることが多く、両方を組み合わせることで相乗的な酸化防止効果が得られるとされています。フード選びの基本についてはドッグフードの選び方ガイドもあわせてご確認ください。
日本のペットフード安全法での規制値
ペットフード安全法とは
ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)は、2009年6月に施行された日本の法律です。農林水産省と環境省が共同で所管しており、犬と猫のペットフードの安全基準を定めています[2]。
この法律では、ペットフードに含まれる添加物について成分規格が設けられており、酸化防止剤についても明確な上限値が定められています。
酸化防止剤の規制値一覧
| 添加物名 | 個別上限値 | 備考 |
|---|---|---|
| BHA(ブチルヒドロキシアニソール) | 150ppm以下 | ドッグフード中の含有量として |
| BHT(ジブチルヒドロキシトルエン) | 150ppm以下 | ドッグフード中の含有量として |
| エトキシキン | 75ppm以下 | ドッグフード中の含有量として |
| BHA + BHT + エトキシキンの合計 | 150ppm以下 | 3種の合算が150ppmを超えてはならない |
ppmとは?
ppmは「parts per million(百万分率)」の略で、100万分の1を表す単位です。150ppm = 0.015%に相当します。つまり、フード1kgあたりBHAが0.15g(150mg)以下でなければならないという意味です。実際の製品ではこの上限値よりもさらに低い濃度で使用されているケースがほとんどです。
海外の規制との比較
日本のペットフード安全法の基準値は、国際的な基準とほぼ同等の水準にあります。EUではBHAの使用量が150mg/kg(150ppm)以下、米国FDAもBHA・BHTをGRAS(一般に安全と認められる物質)として認定しています。
ただし、一部のEU加盟国では自主的にBHA・BHTの使用を制限する動きもあり、ペットフード業界全体として天然酸化防止剤への移行トレンドが見られます。
天然由来の酸化防止剤 - 代替品の比較
近年、消費者の安全意識の高まりを受けて、天然由来の酸化防止剤を使用するドッグフードが増加しています。代表的な天然酸化防止剤の特徴を見ていきましょう。
ミックストコフェロール(ビタミンE)
ミックストコフェロールは、ビタミンE(トコフェロール)の混合物で、最も広く使用されている天然酸化防止剤です。大豆油やひまわり油などの植物油から抽出されます。
脂溶性の抗酸化物質であり、ドッグフード中の脂質の酸化を防ぐ働きがあります。また、ビタミンEとしての栄養機能も兼ね備えており、犬の細胞膜の保護や免疫機能の維持にも寄与します[4]。
ローズマリー抽出物
ローズマリー抽出物は、ハーブのローズマリーから抽出される天然の酸化防止剤です。主成分のカルノシン酸やカルノソールに強い抗酸化作用があります。
ミックストコフェロールと併用されることが多く、相乗的な酸化防止の働きがあるとされています。ただし、てんかんを持つ犬への影響を懸念する声もあり、敏感な犬には注意が必要とされることがあります。
ビタミンC(アスコルビン酸)
ビタミンC(L-アスコルビン酸)は水溶性の酸化防止剤です。単独での脂質酸化防止効果は限定的ですが、ビタミンEの再生(還元)を助ける役割があり、ミックストコフェロールとの併用で効果を発揮します。
合成酸化防止剤 vs 天然酸化防止剤:比較表
| 比較項目 | 合成(BHA・BHT) | 天然(トコフェロール等) |
|---|---|---|
| 抗酸化力 | 強い | やや弱い |
| 未開封での保存期間 | 18〜24ヶ月 | 12〜18ヶ月 |
| 耐熱性 | 高い | やや低い |
| コスト | 安価 | やや高価 |
| 安全性への懸念 | IARC Group 2B(BHA) | ほぼなし |
| 消費者イメージ | ネガティブに捉えられやすい | ポジティブ |
| 栄養機能 | なし | ビタミンEとしての機能あり |
天然酸化防止剤のフードを選ぶ際の注意点
- 保存期間が短い:未開封でも合成酸化防止剤のフードより賞味期限が短い場合があります
- 開封後の管理が重要:密閉容器での保存、涼しい場所での保管、1ヶ月以内の使い切りを徹底しましょう
- 価格がやや高め:天然酸化防止剤のコストがフード価格に反映される傾向があります
フードの正しい保存方法についてはドッグフードの保存方法ガイドも参考にしてください。
エトキシキンについて
エトキシキンとは
エトキシキン(Ethoxyquin)は、BHA・BHTと並ぶ合成酸化防止剤の一つで、もともとはゴムの劣化防止剤として開発された化合物です。非常に強い抗酸化力を持ち、特にフィッシュミール(魚粉)の酸化防止に広く使用されてきました。
フィッシュミールでの使用問題
エトキシキンが問題視される背景には、原材料段階での使用があります。フィッシュミールは非常に酸化しやすい原材料であり、漁獲後の加工・輸送過程で酸化防止剤としてエトキシキンが添加されることがあります。
この場合、最終製品のドッグフードメーカーが自社でエトキシキンを添加していなくても、原材料由来のエトキシキンが製品に含まれる可能性があります。日本のペットフード安全法では、原材料由来のものも含めてエトキシキンの含有量が75ppm以下と規定されています[2]。
近年の動向
EUでは2017年にエトキシキンの飼料用途での認可が失効し、2020年以降はEU域内でのエトキシキン使用が事実上禁止されています。これを受けて、EU向けに輸出するフィッシュミール生産者の多くが天然酸化防止剤への切り替えを進めています。
日本では引き続き基準値内での使用が認められていますが、プレミアムドッグフードを中心に「エトキシキン不使用」を表示する製品が増えています。
原材料表示のチェックポイント
BHA・BHTフリーのフードの見分け方
ドッグフードの酸化防止剤を確認するには、パッケージの原材料表示と添加物欄をチェックします。以下のポイントを押さえましょう。
1. 原材料表示の添加物欄を確認
ペットフード安全法により、ドッグフードに使用された添加物は原材料表示に記載する義務があります。「酸化防止剤(BHA)」「酸化防止剤(BHT)」「酸化防止剤(ミックストコフェロール)」のように、用途名と物質名が併記されています。
2. 天然酸化防止剤の表記パターン
BHA・BHTフリーの製品では、以下のような表記が見られます。
- 「酸化防止剤(ミックストコフェロール)」
- 「酸化防止剤(ローズマリー抽出物)」
- 「酸化防止剤(ビタミンE、ビタミンC)」
- 「天然由来の酸化防止剤使用」(パッケージ表面)
3. 「保存料不使用」と「酸化防止剤不使用」は違う
注意すべき点として、「保存料不使用」と「酸化防止剤不使用」は異なる表現です。保存料は微生物の増殖を防ぐもの、酸化防止剤は脂質の酸化を防ぐものであり、役割が違います。「保存料不使用」と書かれていても、合成酸化防止剤が使用されている場合があるため、添加物欄の確認が重要です。
4. 原材料由来の酸化防止剤にも注目
先述のエトキシキンの例のように、原材料(特にフィッシュミールや動物性油脂)に含まれる酸化防止剤が最終製品に残留する場合があります。気になる方は、メーカーのウェブサイトや問い合わせ窓口で確認するのも一つの方法です。原材料についてより詳しく知りたい方はドッグフードの添加物ガイドもご覧ください。
原材料チェックのまとめ
- 添加物欄で「BHA」「BHT」「エトキシキン」の有無を確認
- 天然酸化防止剤は「ミックストコフェロール」「ローズマリー抽出物」と表記される
- 「保存料不使用」と「酸化防止剤不使用」を混同しない
- 原材料由来の残留にも注意を払う
- 酸化防止剤だけでなく、タンパク質源・穀物・脂質源など全体のバランスで判断する
よくある質問
BHA・BHTフリーのドッグフードを選ぶべきですか?
ペットフード安全法の基準値(BHA:150ppm以下、BHT:150ppm以下)を満たした製品であれば、安全性は確認されています。ただし、天然由来の酸化防止剤(ミックストコフェロール、ローズマリー抽出物など)を使用した製品も多く流通しており、選択肢として検討する価値はあります。大切なのは、BHA・BHTの有無だけでなく、原材料全体の品質やタンパク質源、栄養バランスなど総合的に判断することです。
天然酸化防止剤なら完全に安全ですか?
天然由来の酸化防止剤(ミックストコフェロール、ビタミンC、ローズマリー抽出物など)は合成酸化防止剤と比べて安全性への懸念は少ないとされています。しかし、天然酸化防止剤は合成品に比べて抗酸化力が弱く、保存期間が短くなる傾向があります。開封後の保存管理を適切に行わないと、フードの酸化が進み、過酸化脂質が生成されるリスクがあります。どちらの場合も、適切な保存管理が重要です。
BHA・BHT使用のフードと天然酸化防止剤のフードで保存期間に違いはありますか?
一般的に、BHA・BHTなどの合成酸化防止剤を使用したフードは未開封で18〜24ヶ月程度の保存が可能です。一方、天然酸化防止剤のみを使用したフードは12〜18ヶ月程度が目安です。開封後はどちらも酸化が進むため、1ヶ月以内に使い切ることが推奨されます。天然酸化防止剤のフードは特に開封後の劣化が早いため、小分け保存や密閉容器の使用がより重要になります。
手作り食なら酸化防止剤の心配はありませんか?
手作り食には添加物としての酸化防止剤は含まれませんが、別のリスクがあります。手作り食に使用する油脂や脂肪分は、酸化防止剤が入っていない分、酸化が非常に速く進みます。酸化した脂質(過酸化脂質)は犬の健康に悪影響を及ぼす可能性があります。手作り食の場合は、作り置きを避け、新鮮な食材を使い、調理後すぐに与えることが大切です。また、栄養バランスの偏りにも注意が必要で、総合栄養食としてのドッグフードとの併用が推奨されます。
まとめ
BHA・BHTは、ドッグフードの脂質酸化を防ぎ、品質と安全性を保つために使用される合成酸化防止剤です。日本のペットフード安全法ではBHA・BHTそれぞれ150ppm以下と規定されており、この基準値内であれば安全性は確認されています[2]。
IARCがBHAをGroup 2B(ヒトへの発がん性の可能性)に分類していることは事実ですが、これは高用量の動物実験に基づくものであり、実際のドッグフードに含まれる量で犬に健康被害が出るという科学的根拠は確認されていません[1][3]。
一方で、ミックストコフェロールやローズマリー抽出物などの天然由来の酸化防止剤を使用する製品も増えており、選択肢は広がっています。天然酸化防止剤のフードを選ぶ場合は、保存期間が短くなる点や開封後の管理に注意が必要です。
最も大切なのは、酸化防止剤の種類だけにとらわれるのではなく、原材料全体の品質、栄養バランス、愛犬の体質や健康状態を総合的に考慮してフードを選ぶことです。不安がある場合は、かかりつけの動物病院に相談されることをおすすめします。
参考文献を表示(全4件)
- IARC (1986). "Some Naturally Occurring and Synthetic Food Components, Furocoumarins and Ultraviolet Radiation." IARC Monographs on the Evaluation of the Carcinogenic Risk of Chemicals to Humans, Vol. 40.
- 農林水産省・環境省. 「ペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律)」成分規格等.
- EFSA Panel on Food Additives and Nutrient Sources (2011). "Scientific Opinion on the re-evaluation of butylated hydroxyanisole – BHA (E 320) as a food additive." EFSA Journal, 9(10), 2392.
- National Research Council (2006). "Nutrient Requirements of Dogs and Cats." National Academies Press.